日記

20代OLの日記 のん子と申します

青天霹靂(小話)

ヒールを折り、

ストッキングを引き裂き、

裸足で歩きたい日があるはずだ。

きっと多分、誰にでも。

 

 電車のドアに寄り掛かりながら窓に映る自分を見て溜め息が出る。慣れないヒールを履いたのも普段より時間をかけて化粧をしたのも、前日に髪や身体の手入れを念入りにしたのも、今日というたった1日の為だったというのに。

 

窓に映る自分はお姫様でも何でもなく、誰からも必要とされない女だった。

 

「〇〇さんと××さんって付き合って何年くらいだろうね?」

食堂で昼を食べている時に聞こえた声、甲高い女の声には噂好きの性格が滲み出ていた。けれど、私は彼女が言った内容に動揺が隠せず視線が微かに揺らぐのが自分でも分かった。箸を持つ手が震える。

 

「私たちが入社する前からじゃない? 本人達隠してるつもりでもバレバレだよね」

「社内恋愛を隠せるわけないのにね~」

髪が口に入らないよう耳にかけ麺をすする、何にも味がしなかった。

 

何も知らないのは私だけだった。

 

 会社の飲み会が始まってすぐにお酒が呑めないと公言しておけば良かったと後悔した。周囲の人たちは空になったグラスへどんどん注ぎ足し飲んでいく。ビールがなかなか減らないのは私だけだった。一口飲んだだけなのにもう気持ちが悪くなっている。

 

「大丈夫?」

隣に彼がいたことに気づいていなかった為、声が横から聞こえて驚いた。私は声が出ずにゆっくり頷いた。私のグラスを持ち彼はそのまま中身を飲み干した。

「すみません、ウーロン茶ください」

彼は堂々とした声で店員に注文した。私は何を言えばいいか分からず黙ったままだった。

「呑めないなら呑めないって言えばいいのに」

「すみません……」

「やっと喋った。死にそうな顔してたから」

声だけでは酔っているのか分からない。でも、優しく笑う彼の顔を見て安心したのを覚えている。

 

 同じ会社にいれば毎日顔を合わせる、接点を作ろうと思えばいくらでも作れる。少しタイミングを合わせて彼のいるコピー機に行ってみたり、近い席でお昼を食べてみたり……少しでも彼の視界に自分を入れたくて必死だった。

 

「今日ヒール履いてた? 珍しい」

いつもパンプスかスニーカーしか履かない私がたまたまヒールが少しある靴を履いて出勤した時、彼が自然に声を掛けてきた。

 

「やっぱり雰囲気が変わるな。いいと思うよ」

 

 会社の飲み会が終わり、店の前で解散をした。私はかかとの痛みに耐えながら髪を手で梳かし彼の姿を探した。これから二人で、と心の中で何度も練習した台詞を唱える。でも、彼に伝えることはできなかった。

 

視界に入る彼の横には私ではない女性がいた。誰が見ても二人が恋人同士であることが分かるくらい、二人の距離は近かった。私は逃げるようにヒールを鳴らしながら地下鉄へ駆けて行った。

 

 扉が開きホームへ降りる。履いていた靴を脱ぐと親指がストッキングから剥き出しになっていた。がたがたに塗られたマニキュアが私のようでばかばかしくなる。

いくらでも変われると思っていた、変わったら彼が振り向いてくれると思っていた。あんな優しい表情を私にだけ向けてくれると思っていた。

 

何も始まっていないのに、私は負けていた。一方的な恋に舞い上がってとても惨めで、悲しくて、悔しかった。

 

ヒールを脱ぎ裸足のまま歩く、背伸びをやめた夜だった。

 

 

※フォロワーさんからいただいた #いいねした人が1冊の本だとしたら最初の1行には何と書いてあるか考える を元に書きました。ありがとうございます。