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日記

20代OLの日記 のん子と申します

ピカチュウ vs 伝説のポケモン ホウオウ①

言い訳ではないが、悪あがきとして私の恋愛観を少しだけ書いてみる。私は熱しにくく冷めにくいという、恋愛において一番無駄な時間を費やしてしまう体質だ。しかも、入社して三日で告白してくる離婚調停中の男や、誕生日にユリの球根を植えた推定重さ3kgある鉢植えを贈ってくる自称ピアニストの男や、縦書きの便箋6枚に私がどれだけペコちゃん人形に似ているか綴った手紙を接客中によこしてくる男……など、前世で何か過ちを犯したのかと思うくらい変わった男性に好かれることが多い。そして私自身、恋愛に対して積極的ではなく物心ついた時から二次元に中途半端にはまり家で引きこもって漫画を読んだり絵や小説を書いたりする女子だった。

そんな私も二十歳を過ぎ、社会の荒波に揉まれ様々な経験をしてきた。そして、二十三歳の時、まだ咲いてもいないのに萎れたこの心をオアシスの水の如く潤してくれた青年がいた。それが水泳の入江選手にそっくりな通称“入江君”だ。(決して本物の入江選手ではありません。入江選手、オリンピックお疲れ様でした)

二十三歳の夏、私は男だらけの墓場である職場から転職を決め、一人暮らしもやめて実家に戻った。何故かその時、私はすごく好きな人や恋人が欲しくてたまらなかった。周りは彼氏がいない子や結婚している子が少なかったのにそう思っていたのは少なからず今より自分に自信があったからだ。若さはもちろん、肌も今よりピチピチ、体重も今より4kg軽く髪はパーマをかける前だったのでツヤもハリもあった。カットモデルやサロンモデルもやっていた(髪だけ)ちょうどその頃、服装も綺麗めOL系を目指していて、今まで滅多に履いていなかったヒールの靴も履くようになった。少し遅れた社会人デビューだ。会う度友人たちは「綺麗になったねー」と言ってくれた。

出会い方が分からなかった私は友人からの合コンや街コンの誘いに積極的に参加した。今の私からは想像できないくらいアクティブだった。だがしかし、ほとんどがその場の飲みで終わりその後もう一度会うことはなかった。飲み会後、男性から誘われることはあったものの、いざ、自分と相手の二人きりになると“そこまで相手に思いがない、時間の無駄”の考えになっていた。考えが甘いし浅かった。

街コンに数回参加しそれなりに慣れた頃、運命の日が訪れた。街コンに初めて行く友達の付き添いで参加していた時だった。彼女と会話をしている時、前に座った男性二人組……その一人が“入江君”だった。第一印象は“肌が白くて綺麗”“肌の白さを際立たせる、くるくるの黒髪”“ポルノグラフィティにいそう”だった。(その時は入江選手に似ていると思わなかったが、あとで友人と話し合い入江選手がぴったりはまった)そして何故か周りは酒といえばビールを飲んでいるのに、彼だけワイングラスで赤ワインを飲んでいたので印象的だった。正直、その時した会話を覚えていない。店変えの時、思い切って友人に聞いてみた。「さっきの人、かっこよくなかった?」と、すると友人も思っていたらしく私と同じ意見だった。

街コン終了後、私と友人は地元のファミレスに戻り早速今日の振り返りと今後の作戦を練っていた。出会いの場だというのに、つまらなそうに携帯をいじる奴もいれば、席に着いた途端終わったらカラオケに行こうという奴や、世の中にはいろんな人間がいるのだと改めて思った。そんな中、私はどうしても入江君が忘れられずにいた。連絡はすると決めていた、むしろ街コンが終わった後二次会に誘えば良かったと後悔した。街コンや合コンは“次の約束までの速さ”が勝負だ。初めて会った日から日にちが空いてしまうと出会いの鮮度が下がってしまう。私は彼に連絡を入れた、“今日は楽しかったです、ありがとうございました。もう帰りました?”と。

その時、友人は私に言った、「のん子はピカチュウだね」と、そして彼女は続けてこうも言った。「私は草原によくいるコラッタかポッポレベル……さっきの入江君は私にとってもはや伝説のポケモン、ホウオウ……だけどのん子は立ち向かってる、のん子はピカチュウだよ!」私は視界が滲むくらい感動した。この言葉は私の人生の中の格言リストに入っている。携帯が動き画面を見るとそこには彼からのメッセージが、前のめりになる友人を落ち着かせながら私は読む、“今二次会が終わったところ~そっちはもう帰った?”、そっか、そりゃあそうだよな、あんだけかっこいいんだもん、そりゃ女達はほっておかないよ、と半分心が闇と化していた。(この時既に私の中で入江君が二次元キャラ化していて周りにキラキラトーンが使われるほどに美化されていた)次の一歩に踏み出せない私に友人は言った、「これでいいの?後悔しない?まだ、戦いは終わりじゃないよ?」そう、まだ戦いは始まってもいないのだ。

私ははじめて伝説のポケモンに戦いを挑んだ。

六本木?銀座?中目黒?なにそれ、何線で行けば着くの?的な場所で待ち合わせをする。私は当日の昼まで着ていく服に悩み、髪型に迷い友人に写メを送ったり相談をしたりしていた。街コンの時はスカートで髪を下ろしていたから今回は髪を結んでズボンでいこう、でも髪結んだら私だって分かるかな、と心底無駄な心配までしていた。案の定、待ち合わせの場所が見つけられず、駅から出られずにいた。「すみません、駅にはいるんですがどこから出ていいかわからず・・・」「〇×出口わかる?」「逆にあるみたいで、改札を抜けないと出られないみたいで」メールを送った瞬間、携帯が鳴る、知らない番号だった。高鳴る鼓動に手が震えながらも電話を耳につける。「も、もしもし!」「あ、もしもし、〇〇ですけど、××さん?」「あ、はい!す、すみません迷ってしまって・・・」ああ、なんか声も心地良いなと道案内されているにも関わらず能天気なことを思っていた。イケメンだから、というわけではなく顔を知らなくても、良い声だと感じるレベルだ。悪くいえば眠そうだが、ゆっくりめでやさしい口調は子どもに話し掛けるような雰囲気があった。

電話を切った後、私は目的の場所を探すべく、階段をマッハで駈け上る。目印は交差点だ。上京したての田舎娘のように私は辺りを見渡す……すると、見つけてしまったのだ私は伝説のポケモン ホウオウを。スーツの上着を片手で持ち、背筋をピンと伸ばした彼が立っていた。この人とこれから並んで歩くの?私が?一緒にご飯食べるの?私が?自分の格好を見て逃げたくなった。もっと結婚式の二次会パーティーみたいな格好で来れば良かったと後悔した。私服でもキラキラしていたのに、スーツマジックで最強のポケモンがさらにレベルアップした神となっていた。私は意を決して彼に声をかけた。「〇〇さんですか……?」私に気づき私を視界に入れる彼、やわらかく笑う彼の周りにキラキラのトーンのフィルターがかかる。

並んで歩き店に向かう、この時点で私は記憶が飛んでいる。暑さと緊張と恥ずかしさでもう頭の中は沸騰していたし、もう私の人生においてキャパオーバーな経験をしているのだ。店に着いた時、我に返った店に入らず立ち止まってしまう。「え、ここですか?」地下に進むと高級クラブに似せて作ったのかといわんばかりのムーディーな雰囲気、ギラギラ照明、店員は何故かボーイのような恰好をしている厳つい方々ばかり……しゃぶしゃぶ食べ放題なのにギャップありすぎやせんか、と突っ込みたくなるほどだ。しかもお値段も優しくない。某しゃぶしゃぶ食べ放題チェーン店余裕で二回はいける。「わ、私好き嫌いないので!何でも食べるので!お、お任せします!」私の口から出た精一杯の配慮だった。カウンターに並ぶだけで緊張するのに、なんだこのムーディーな雰囲気は、と解散するまで落ち着かなかった。

この時のご飯会で印象に残ったことが二つある。
一つ目は彼の煙草を吸う姿だ。私は両親がピーク時、一日に三箱煙草を吸っていた為、付き合うなら出来るだけ煙草を吸わない人が良いなと思っていた。友人達が吸う分には何も思わない、だが一生を共にする上で健康面や子供を思うと吸わないに越したことはないと思っていたからだ。何より、辞めたばかりの職場ではほとんどの人間が煙草を吸い、仕事の面でも奴らにあまり良い印象がなかった為、喫煙者に対する印象も同様になっていた。しかし、入江君は違った。ここまでくると私のキラキラフィルターは加速する。「煙草吸っても大丈夫?」「どぞどぞ(肉美味しい!!)」
肉を食べながら横目で見る、彼は美味しそうに煙草を吸っていたのだ。私がいつも見て来た“あーまじだるい”みたいな吸い方ではなく、煙草を全身で味わう吸い方をしていた。煙草だけはなく、それは酒でも一緒だった。酒が飲めない私でも「一口ちょうだい」とつい言ってしまうような、少しずつ味わうような姿がイケメンというより絵になるな、と思ってしまった。というか、私が今まで見て来たジョッキを一気飲み、瓶ビール二本咥え飲みは一体なんだったんだ、と。

二つ目はほんの些細なことだった。トイレから戻った私は彼に向かって「ただいま」と言ってしまった。私は自分がトイレに立った後、戻って来た時にただいま、と言ってしまう癖があった。その癖が今発動されてしまったのだ、出会ってまだ二回目の入江君に対して。しかし、入江君はあたかもそれが当たり前のように「おかえり」と言ってくれた。他人から見ればしょうもないことだが、私にとってそれはとても印象的な一言だった。

店から出た後、彼は時計を見つつ「時間があればカラオケにも行けたんだけど、難しいよね」と言った。「カラオケは今度行きましょう!」とまだまだ緊張している私は願望を全力で伝えた。彼は酔っているのか眠そうな目を細め、笑う。「どこの駅だっけ?▽▽線だったよね?」彼は私の帰りの電車を調べてくれているらしかった。足がふわふわしていたので私は道路側にいた彼を内側に寄せる。その行為に気づいたのか彼は「あ、ごめん。ありがとう」と言った。私はあなたを一生守るナイトになります、と心に誓いたいくらいだった。

“今日は本当にありがとうございました”と至って普通なメールを打とうとした時、既に私は彼に会いたかった。彼は私より6つ年上、私は彼の実妹と同じ歳だった。その時点でもう恋愛において眼中にはないだろうなと感じていた。それでも、一人暮らしで物が何もない部屋で土日は飲んでいるか寝ているか、そんな無機質な生活をしていて自分よりはるかに余裕のある彼に興味があった。あわよくば彼の特別な存在になりたかった。そのためには今日だけの時間では足りなすぎる。でも、彼は次も自分に会ってくれるだろうか。期待はないに等しく、不安ばかりが心を掻き乱す。

“これでいいの?後悔しない?まだ、戦いは終わりじゃないよ?”

彼のどこに惹かれたの?と聞かれればたくさん挙げることもできるし、逆にはっきりとは分からない部分もあった。恋がしたかった私の目の前に現れた彼はあまりにも自分が今まで出会ってきた男性の中で群を抜いていたのは確かだ。手の届かない存在が今の時間だけ自分の為に時間を割いてくれている、そんな感覚に酔っていたのかもしれない。

そう、私はピカチュウなのだ。伝説のポケモン、ホウオウとまだ決着がついていない。戦いはまだまだ続くのだ。そして後日、最終的に敗れ戦となってしまったバトルを挑むことになる。